稲足神社由緒 祭神

面足尊(おもだるのみこと)
惶根尊(かしこねのみこと)

神世七代中の第六代の神で、面足は男神。惶根は女神で、両神は一体の神とされ面足の字義については体がすべて整ったという意味とし、別に大地の表面あるいは国土が整った意味とする説、さらに対偶神の相互の賛美とする説もある。

・由緒
東京府葛飾郡亀戸町香取神社境内土中より発掘せる石碑の名號の裏に寛文九年七月十日(1670年)とあれば
寛文年間の創祀と考察される。

明治以前は東京都江東区亀戸の真言宗普門院の主管であったが、明治元年亀戸香取神社の奉仕となりました。
その後、香取神社の一隅に在る末社的神社として歩んできましたが、
香取神社社殿の建て替えに伴い昭和63年4月に独立した神社としてこの地にご遷座をいたしました。

以来崇敬神社として地元の方のみならず、広く遠方からもお詣りにお越しいただいております。

・韋駄天尊神(いだてんそんしん)

増長天八大将軍の一官として甲冑に身を固め、走ること疾風の如く稱され仏法衆生交通の守護神として、
霊験あらたかなりと篤き信仰を集む。

元の板碑は江戸中期の作とされ、上州館林の城主秋元但馬守礼朝公の守護神且つ戦神として浅草に祭祀され、
明治四年秋同公の下屋敷であった新宿角筈に遷座されましたが、戦争により焼失破壊されてしまいました。

その後、昭和三十年現在の板碑が復元されワシントンホテル敷地内に昭和六十一年堂宇を建立し、
ご遷座され現在に至っております。

昭和六十三年に稲足神社を建立遷座するにあたり、その遷座地としてのあきる野の地を寄進された方が
野村専太郎ご夫妻です。
生来神仏信仰心極めて篤きご夫妻でありましたが、とりわけ韋駄天尊を信仰しており、
昭和三十年九月現在の韋駄天尊の板碑を新宿角筈にお祀りし生涯崇敬していました。

そして、昭和六十三年の稲足神社のご遷座にともない、板碑を青銅像に造替し、
健脚健康の神、韋駄天尊神として分神合祀されました。
 

霊園内ギャラリー- Photo Gallery -

名称稲足神社 神道霊園
所在地あきる野市菅生字下871
総面積26,573.09m2
施設神道会館(1階休憩所、2階参集殿・個室)、水場、駐車場、御霊殿 ほか
事業主体宗教法人 稲足神社
宗派神道

永代使用料

面積間口×奥行(m)永代使用料墓石一式価格総額(税抜)
芝生墓地 1.05㎡0.70×1.50315,000円530,000円845,000円
1.50㎡1.00×1.50405,000円1,470,000円1,875,000円
2.70㎡1.50×1.80972,000円1,985,000円2,957,000円
3.00㎡1.50×2.001,140,000円2,200,000円3,340,000円

※ その他いろいろなサイズをご用意しております。 
※ 上記永代使用料・総額は西向きの価格です。

■ 墓石一式価格は、基礎工事外柵+石碑です。 
■ 墓石一式価格・総額には別途消費税がかかります。 
■ 基本彫刻料は含まれております。 
■ 石の種類、加工方法により墓石一式価格は異なります。

年間管理料

面積年間
芝生墓地 1.05㎡10,000円
1.50㎡15,000円
2.70㎡27,000円
3.00㎡30,000円

アクセス情報

所在地:あきる野市菅生字下871

電車またはバスでお越しの方
JR五日市線「秋川」駅より多摩バス 菅生高校行「鯉川橋」下車 徒歩1分

お車でお越しの方
圏央道「日の出」インターより車で約3分
JR青梅線「福生」駅より車で約10分
JR五日市線「秋川」駅より車で約13分

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